明徳二年(一三九一)創建
六三〇余年の歴史をもつ浄土真宗のお寺です
明徳2年(1391)創建
630余年の歴史をもつ浄土真宗のお寺です

今月は樹木希林さん(1943ー2018)のお言葉です。希林さんは、東京にある浄土真宗本願寺派の宗門校、千代田女学園(現・千代田中学・高校)を卒業されており、仏教の教えに理解が深い方でした。今回は希林さんのお言葉を、浄土真宗の教えに寄せて解説させていただこうと思います。
まず、「死ぬことは誰かの心の中で生き続けること」という考えは、一般的には“記憶の中での存続”を意味します。大切な人が自分の中で生きている、という感覚です。これは私たちがもつ情的感情として、とても自然で大切なものです。
浄土真宗の根本には、阿弥陀如来の「すべての生きとし生けるものを浄土に生まれさせて、仏にしたい」という願いがあります。如来の願いは「南無(まかせよ)阿弥陀仏(かならず救う)」と完成し、あらゆる存在に至り届いています。この「南無阿弥陀仏」の救いに出遇うものは、命終われば阿弥陀仏のはたらきによって浄土に往生し、ただちに仏とならせていただくのです。つまり、誰かの心の中に記憶としてだけ残るのではなく、お浄土に生まれ、仏となって残された人たちに、はたらき続ける存在になられます。
ここでいう「はたらき」とは、仏縁として導き続けることです。たとえば、「亡くなられた人をきっかけに仏教を考えるようになった」とか、「亡くなられた人をご縁にお寺にお参りするようになった」という経験などが、それに当たります。
「死ぬことは 誰かの心の中で生き続けること」という希林さんのお言葉は、一般的には故人を思い出す心や、懐かしさや感謝の思いとなって存在すると理解できますが、さらに浄土真宗の教えにフォーカスすると、人は死によって終わるのではなく、阿弥陀仏のはたらきによって浄土に生まれ、仏となり、今もなお私たちに関わり続けていると受け取らせていただくことができます。
合掌
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第30世住職 四夷 法顕
1985年生まれ
信行寺住職
相愛大学非常勤講師
NHK文化センター講師
毎日文化センター講師
浄土真宗本願寺派宗学院研究員
本願寺派布教使
文学博士
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